THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (本編)


   
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ルー大柴という芸能人をご存知だろうか?彼によく似た一人の男を僕は知っている。広島カープ(世界で最も弱い野球チーム)と殺傷的暴力を心から愛し、ビールをガソリン代わりに日本の平和を脅かす。高校時代、アメフト部に所属していたその男は、後輩のアバラを折って病院送りに・・・。そんな彼を、最近mixiで発見してしまった。現在東京に住むRKが、今は落ち着いて立派な男になっていることを信じたいと思う。

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気が付けば、夏時間サマータイム)終了!!この時点でドイツという退屈な国でのイベントは、残すところクリスマスのみ!!うーん、身も凍るような厳しい欧州の極寒は、今年も僕を悩ませるのだろう。早く、出来るだけ早く、何処かへ逃げ出さなくては!!

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去年春に行ったスペイン旅行、当初は「サッカー」というテーマを基に、バルセロナ→マドリッド→グラナダ→ヴァレンシア→バルセロナと周遊する予定だった。
しかしすっかりカタルーニャに魅了された僕は、全日程の12日間ずっとバルセロナに滞在してしまったのである。
そう、途中の2日間を除いては・・・。

3月19日・20日、この日だけは僕はヴァレンシアにいた。
カタルーニャ一筋だった僕が、ヴァレンシアに浮気してしまった理由は一つしかない。
スペイン三大祭りの一つ、ラス・ファジャスサン・ホセの火祭り)を見るためだ。
毎年3月12日から19日まで行われ、期間中ヴァレンシアの町は大小様々なファジャ(張り子の人形)で飾り付けされる。
民族衣装を着た美しい女性達によるパレード、鳴り響く華やかな民族音楽、そしてユーモアたっぷりの個性豊かなファジャの数々。
大通りは人でいっぱいだったが、それでも世界的に有名な祭りを楽しむことが出来た。
クライマックスは19日の夜、0時になると一斉にファジャに火が放たれる。
何ヶ月もかけて作り上げたファジャが、わずか数分で灰になってしまうのだ。
町のあちこちで炎が上がり出した。
煙のせいで若干息苦しくはあったが、街中で次々に人形が燃えて行く光景なんてものは、ここでしか見れないだろうと思い我慢した。
なによりも、暗闇の中で灯に照らされるスペイン美人の笑顔が、僕を癒してくれた。
夜中1時には、市役所広場にある巨大ファジャも炎に包まれた。
その迫力は、とても言葉で表せるものではない。
活気溢れるラス・ファジャス、本当に訪れて良かったと思った。
カメラを片手に祭りの最後を見届けた僕は、とりあえず駅に向かった。
宿が取れず、野宿をしなくてはならなかったからだ。
僕は、ボロかばんを枕に駅で眠りについた。

ファジャ1

↑市役所広場の巨大ファジャ(着火前)

ファジャ2

↑市役所広場の巨大ファジャ(着火後)



目が覚めたのは朝7時過ぎ、幸い荷物は何もなくなっていなかった。
小汚い東洋人から奪う物など何もないということか。
その後、街中に戻った僕が目にしたのは、灰とゴミにまみれた無残な風景だった。
まぁ、祭りの翌日というのはこんなものだろう。
ラス・ファジャスは終わったが、この祭りには「結果」がある。
全ての人形は燃やされてしまうわけだが、一週間の展示期間中の人気投票によって、一つだけそれを免れる。
つまり600以上あるものの中で、優勝ファジャだけが火祭り博物館に展示されることになるのだ。
僕はひたすら歩き回り、その栄誉ある優勝ファジャを探した。
そして、ついに見つけた。
聖母マリアをイメージした巨大な人形・・・。
「立派なファジャだ」と感動したのを覚えている。
2004年度の最高傑作と記念撮影をする地元民や観光客たち・・・。
祭りっていうのは、いいものだ。

ファジャ3

↑2004年度の優勝ファジャ



旅行後調べた結果、この時僕が優勝ファジャだと思い込んだ人形は、実はそうではなかった事が判明した。
同時に、僕がこの年の優勝ファジャを見落としてしまった事も・・・。

2004年3月19日・20日の思い出
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1926年、市電にはねられて命を落とした時、あまりにみすぼらしいその服装から、彼は浮浪者に間違えられたという。
カタルーニャ生まれの天才建築家、アントニ・ガウディ・イ・コルネットにまつわる最後のエピソードである。

2004年春、行き先をスペインに決めた僕は、「スペイン・サッカーの旅」というテーマを掲げバルセロナに向かった。
自由気ままな一人旅とはいえ、出発前にはある程度の目的と、それに基づいた計画を立てておくのが基本だ。
それによって、無駄のない有意義な行動をとれるからである。
週末には試合を観戦したい。
世界のビッグネームが名を連ねるレアル・マドリッドや、孤高の天才・ロナウジーニョ率いるF.C.バルセロナなどの試合を。
平日はスタジアム見学ツアーだ。
五つ星スタジアムのカンプ・ノウと、そこに併設する博物館、時間があれば練習見学なんかもいいだろう。
この時僕は、そんなサッカー尽くしのプランしか立てていなかったのだが・・・。

3月12日金曜日、僕はバルセロナに到着した。
安宿にチェックインを済ませた後、街を歩いていて感じた違和感・・・。
ありとあらゆる所に黒い布が飾られていた。
「どんな意味があるのだろう?」そう思いながら歩いていると、大人数の集団が占拠する広場に出た。旗に書かれていた文字や、祈りを捧げる人々の姿から、それが先日マドリッドで発生したテロに対するデモであることが分かった。
いたる所で見かけたあの黒い布は喪章だったのだろう。
その日はカタルーニャ人の平和への想いに圧倒されたまま、僕は眠りについたのだった。

一週間が過ぎた後も、僕はまだバルセロナにいた。
本来の予定では、もうマドリッドに移動しているはずだったのだが・・・。
僕はこの街の雰囲気と、幻想的なガウディ建築に心奪われていた。
ガイドブックに載っていたいくつものガウディ建築を巡る毎日。
気が付けば、旅のテーマも「スペイン・サッカーの旅」から「カタルーニャ建築の旅」へと変わっていた。
正統派(?)旅人からすれば、本末転倒だと笑われるかもしれない。
しかし、僕に目的を変えさせるだけの魅力が、この街にはあったと思っている。

ジャッキー・チェン、サモハン・キンポー、ユン・ピョウ、若かりし頃の香港三羽烏がバルセロナを舞台に活躍するカンフー映画の超大作「スパルタンX」。
あの映画で、縦横無尽に動き回る香港三大スターを輝かせたのは、間違いなく背景を彩るカタルーニャ建築だった。
印象に残るワンシーンを思い浮かべながら街を歩くと、自然と笑みがこぼれてきた。
カタルーニャ建築の中には、ガウディだけでなく、ドメネク・イ・モンタネールの作品もある。
カタルーニャ音楽堂やサン・パウ病院などがその代表作だ。
サン・パウ病院、映画の中でユン・ピョウの父親が入院していた病院だ。
とても病院とは思えないような立派な建物で、「ここなら入院してみるのも悪くない」と思ってしまった。
バルセロナの良いところは、なにも建築物だけではない。
週末にカテドラル周辺で行われるカタルーニャの踊り「サルダーナ」、コロンブスの塔から見下ろす活気溢れる町並み、治安が悪いと噂されるランブラス通りも意外に居心地が良かった。
食事をする時にハズレを引かなかった事も良い思い出の一つだ。
タラゴナやモンセラットにも日帰りで行くことができた。
ラス・ファジャスという祭り目的で、途中2日だけヴァレンシアに浮気してしまったが、12日間カタルーニャを満喫した旅だったと思う。

ちなみに、サッカー観戦もしっかりやってきた。
レアル・マドリッドの試合(国王杯)をバルセロナで見ることができたのだ。
サラゴサ相手に負けはしたものの、フィーゴのドリブルやロベルト・カルロスの強烈な左足、ジダンのテクニックやベッカムの美顔などを拝むことはできた(ロナウドは欠場)。
F.C.バルセロナの試合もちゃんと観戦し、ロナウジーニョのゴールには興奮した。
しかし、この旅行を通じて一番印象に残ったのは、やはり個性的な「ガウディ建築」と「カタルーニャ人の平和への願い」だった。

1926年、市電にはねられて命を落とした時、あまりにみすぼらしいその服装から、彼は浮浪者に間違えられたという。
あれから80年近くが経過した今も、斬新で幻想的なガウディ建築はカタルーニャの人々の象徴として、世界の平和を見守っている。
二度と喪章を付ける日が来ないことを、心から願っている。

カサ・ミラ

喪章を付けた世界遺産、カサ・ミラ(ガウディ建築)



2004年3月12日~24日の思い出
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昨夜、mixiで日本に住む旧友の名を検索してみた。すると、一発でその男が引っかかった。友人・S、高校時代のサッカー部のメンバーだ。同世代でありながら既に巨大な壁を乗り越えた彼は、僕らが心から尊敬できる男の内の一人だ。ネット上でとはいえ、かつて苦楽を共に分かち合ったギャグ仲間の近況を垣間見れたことは、僕にとって嬉しい出来事だった。彼のマイミクシーに登録してあったむさ苦しい男達の中にも、僕が知っている旧友が何人か見受けられた。彼等の寒いプロフィールを見ている内に、懐かしい関西のノリを思い出せたような気がする。・・・しかし、思い出したのは、関西のノリだけではなかった。あの・・・忌々しい記憶も・・・僕の脳内に・・・再びよみがえってしまった!!

あれは高校三年の夏、サッカー部の合宿帰りに長野から東京を訪れた時のことだ。仲が良かった(?)5人で、僕らは母国の首都を堪能した。新宿を遊び歩き、何故かクラブにも顔を出した。東京人から見れば、僕らの姿は田舎者そのものだったかもしれない。だが、僕らは僕らなりに楽しんでいたと思う。そう、恐ろしき大都会の洗礼を受けるまでは・・・。

午後9時過ぎだっただろうか、遊び疲れた僕らが道端で休憩をしていたのは。突然、数人のお兄さん方が僕らを取り囲んだ。お互い親交を深めるためのトークもままならない内に、彼等は僕らにビンタをカマしてきた。つまり、僕らはカラまれたのだ。時間にすると、たかだか20分程度だったかもしれない。しかし、東京のお兄さん方の理解不能な多くの発言は、繊細な僕の心に傷を残した。僕は・・・泣いた・・・。

一番ビビってしまった僕を、他の4人の友人たちが慰めながら歩いてくれたこと、その時に眺めたホロ苦い大都会の夜景は、今でも青春の1ページとして胸のアルバムにしまってある。でも一番記憶に残っているのは、お兄さん方のカウントダウンだろう。「関西弁しゃべってよ!!5秒以内にしゃべってよ!!」あの時のお兄さん方が数えた5秒が、異常に早く感じたのは僕の気のせいだろうか。

と、とにかく、かつて苦楽を共にした友人たちが、今も元気に生活していることが分かった。彼らにまた会う日まで、僕もまた頑張ってみよう・・・そう思った。

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昨日の昼過ぎ、僕は(いつも通り)ネット・カフェにいた。数十分後、朝から何も口にしていなかったので、近くの軽食屋「China Wok」に向かった。店のオバサンと世間話をしながら何を食べようか悩んでいた時、突然後ろから誰かが僕の名前をよんだ。振り返ってみると、そこには懐かしい東洋人女性の姿があった。およそ一年数ヶ月ぶりだろうか。ボボという名の中国人女性で、かつて僕が語学学校に通っていた頃の友人である。現在彼女は上海で仕事をしていて、今回は休暇ついでにマンハイムに寄っただけだという。久しぶりの再会ということも手伝ってか、他愛のない話でも予想以上に盛り上がった。すぐシュトゥットガルトに向かうということで、話せた時間はたかだか30分程度ではあったが、懐かしい旧友から元気を分けてもらえたような気がした。

よかった!ドイツ語、まだ忘れていなかったみたい!」彼女が笑ってそう言えたのは、きっと彼女の旦那様がドイツ人男性だからだろう。

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日本で最強のプロ野球チームを決める日本シリーズ、我らが阪神タイガースは全く良い所がないまま四連敗・・・、一昨年に続き今年もまた涙をのむ結果となった。まさか・・・四連敗とは・・・。道頓堀ではなくライン川に飛び込む予定だった僕は、夏にイタリアのペスカーラで購入した新しい海水パンツを、本日タンスの奥深くにしまった。まさか・・・四連敗とは・・・。明日以降の僕のテンションは、言うまでもなく歩腹前進で進んでいくだろう。この脱力感・・・、たかが野球、されど野球。まさか・・・四連敗とは・・・。しかし来年もまた、阪神タイガースという強くて脆い球団を応援していくことになる。「弱い阪神」も、好きだから・・・。でも、まさか・・・四連敗とは・・・。

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えー、またしても最悪なニュースが・・・。阪神タイガース・・・日本シリーズ開幕から三連敗・・・。しかも、史上初の三試合連続二桁失点・・・。シーズン中の勢いは、一体何処に消えたんや!?頼むから・・・頑張って・・・。ここから四連勝カマして、何がなんでも日本一に!!そんな極めて不可能に近い夢を胸に、来たる第四戦、我らが阪神タイガースは背水の陣で臨む!!「弱い阪神」も好きではあるが・・・。でも・・・まぁ・・・、はぁー・・・。

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阪神タイガース、日本シリーズ開幕から悪夢の二連敗!!しかも、シリーズ史上初の二試合連続二桁失点での敗北・・・。投手陣の制球は乱れまくり、打撃陣のバットは湿るどころかビショ濡れだった。この事に関しては、もう語りたくない・・・。甲子園に戻ってからの戦いぶりに期待したいものだ。まぁ、「弱い阪神」も好きではあるが・・・、折角だから日本一になって、僕をライン川の魚にしてもらいたい!!

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継続は力なり・・・。何事に対しても、長期間にわたり状態を保ち活動を続ける事こそが、最も偉大な能力であるという諺。そう、何事に対しても・・・だ。

悪友のパソコンを占領した僕は、一人黙々とブログの更新に励んでいた。特に意味のない作業を続けること約6時間、気が付けば液晶右下のデジタル時計は午後11時30分を指していた。そして、疲れ切っていた僕は、ついに悪友の所有するベットに飛び込んでしまった。・・・就寝である。僕の横には、久々の仕事休みにわざわざハイデルベルクから駆けつけてくれた友人・Kくんが、仰向けかうつ伏せになって寝ていた・・・はずだ。この部屋の主はというと、・・・ここに記せるような状態ではなかった・・・ような気がする。肝心の僕は、ハイテンションを保てず爆睡中だったらしい。溜まりに溜まった一週間分の疲れと、昨夜ノリで飲んでしまったシャンパンのせいだろうか。そう・・・、僕は寝てしまった。

疲れやアルコール等は、何の言い訳にもならない。何事に対しても、長期間にわたり状態を保ち活動を続ける事こそが、最も偉大な能力なのだ。僕には、それだけの力がなかった・・・。3週連続完徹、ならず!!

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とある週末、僕は暇を持て余していた。
何もする事がなく、土日限定ひきこもりと化す決意を固めたその時、ドレスデン在住の友人から電話がかかってきた。
彼女は今から、フロイデンベルク(Freudenberg)というモノクロの小村に向かうと言う。
何かの雑誌でその村の写真を見た彼女は、前々から一度訪れてみたいと思っていたらしく、「時間があるなら一緒に行かないか?」という誘いの電話をよこしてきたわけだ。
こうして、退屈なMannheimの週末という地獄を彷徨っていた僕は、友人から垂らされた天国へと続く糸に飛び付いたのであった。

時間はあっても金がない・・・、僕がそのことに気付いたのはマンハイム中央駅で切符を購入しようとした時だった。
「何度乗り換えがあってもかまわない!鈍行で行こう!」僕はそう考えた。
目的地までの道のりは、マンハイム→フランクフルト→ギーセン→ズィーゲン→フロイデンベルク、所要時間は約5時間・・・。
さぁ、出発だ!!

マンハイムを出て約2時間が経過した頃、二度目の乗り換えを終えた僕はズィーゲンを目指していた。
ふと窓の外を眺めると、木製の建物で出来た集落が目に止まった。
そのほとんどの建物が白と黒のみで造られていた事から、友人が言っていた「モノクロの小村・フロイデンベルク」というイメージがある程度頭に浮かんだ。
ヨーロッパ諸国の中でも珍しい風景を見れたという意味では、ギーセン~ズィーゲン間の車窓は面白かったと思う。

ズィーゲンで友人と合流した僕は、モノクロの小村に向かうべくバスに乗り込んだ。
フロイデンベルクに着いたのは、時計の針が5時を示していた頃だっただろうか。
最も眺めの良いKurparkという高台に急いで上った僕達を、フロイデンベルクの町並みは快く迎え入れてくれた。
村を見下ろした瞬間、言葉にならないほど圧倒されたのを覚えている。
うまく表現出来ないが、「立体感のない二次元の風景」とでも書いておこう。
今まで見てきた数々の美しい風景とは一味違い、威圧感さえ感じさせる白黒の町並み・・・、僕は決して忘れることはないだろう。

その後、実際に村の中を探索した時、高台に面した壁以外を全てピンク色に塗っていた家が存在したのだが・・・、それは僕の胸の中だけにしまっておこう。

白黒の小村

↑高台から見たフロイデンベルクの町並み



2005年4月23日の思い出
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一昨日、夏にモロッコで出会ったSさんが、僕を訪ねてきてくれた。今回カメラマンとしてヨーロッパ(中欧)を旅していたSさんが、帰国直前にマンハイムまで足を運んでくれたのだ。年上で妻子持ちのSさんが話す内容は実に興味深く、人生経験豊富な日本人男性の言葉には重みがあった。自分のチッポケさを痛感すると同時に、僕に必要な様々な「知識」や「考え方」等を学ぶことができた。兄貴分の友人・Rさんが帰国して早二週間、以来目上の方との会話をする機会がなかった僕は、久し振りに敬語を用いて言葉を発した。尊敬・謙譲・丁寧語を組み合わせた完璧な敬語・・・、そんな立派な応対は出来なかったかもしれない。しかし、ぎこちないながらも、自分なりに敬意をもって接することは出来たと思う。明日チューリッヒ発の便で母国に帰るSさんは、先程マンハイム中央駅まで見送りに行った僕に対し、満面の笑みでこう言ってくれた。「ありがとう!また会いましょう!」と。まだまだ未熟で青二才な僕でも、人とのコミュニケーションが可能だということが素直に嬉しかった。気持ちというのは、伝わるものだ。人生を歩んで行く上で、自分が本当に多くの人々に支えられている事を再認識出来た二日間だったと思う。

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他人を養っていけるだけの力も覚悟もない男がエッチをする時は、必ず避妊具を使用しなくてはならない。
これは一つの常識で、理由を書く必要もないだろう。
同様に、経済力のない人間が低予算でヨーロッパを旅する時、絶対にやってはならない事が一つある。
それは、「タクシーの利用」だ。
ドイツやフランスなどEUの経済国においては、そもそも乗車賃事体が非常に高いし、物価が安い国々を周る時も、日本人(東洋人)はボラれる可能性が高いからだ。
そういった事から、ある程度の距離なら歩くよう努力し、長距離移動にはなるべく公共の交通手段を利用するよう心掛けるのが鉄則と言える。
したがって貧乏旅行者にとっては、急がない事、つまり「時間と気持ちに余裕のある計画」こそが避妊具となるのだ。
そんな事、僕は最初から分かっていた・・・なのに・・・。

2004年11月17日、ブルガリアの首都ソフィア。
僕は必死でバス乗場を探しながら走っていた。
中途半端な都会の風景が、僕の視界から流れ去って行く。
あんなに走ったのは、高校時代の部活以来だろう。
ブルガリア正教の総本山・リラの僧院、そこ行きのバスは一日に一本しか出ないという。
「急がなきゃ!」・・・僕は焦っていた。
時間が刻一刻と過ぎて行く中、僕は寝坊をしてしまった事を悔やんでいた。
綺麗なお姉さんが経営するプライベート・ルーム、昨日お世話になったそこの居心地は良すぎた。
ドイツに留学経験があるブルガリア美人との雑談は本当に楽しく、鼻の下が伸びきった僕が時計の針を気にするはずもなかった。
こうして、午前3時をまわった頃ようやく眠りについた僕は、予定通りの時間に起きることはなかったのである。
バス乗場というゴールを目指し、ギャラリーのいない歩道をただひたすら走る・・・。
重いバックパックと長旅の疲れを背負っていた僕が、この壮絶なロードレースから棄権するのに、そう時間はかからなかった。
余裕という避妊具をブルガリア美人の部屋に置き忘れた僕は、・・・ついに禁断の右手をあげてしまった。
そう、車道を走っていた黄色いベンツに・・・。

最初の異変に気付いたのは、このタクシーに乗った直後のことだ。
僕が現地通貨ではなくユーロで支払えるかどうかを尋ねたら、男は「Yes」と言って首を「縦」に振った。
・・・おかしい。
その後も流暢な英語で世間話を続ける運転手・・・。
このブルガリアという国では、一般的に「Yes」の時は首を「横」に、「No」の時は「縦」に振るのだ。
つまり、我々の頭にあるジェスチャーと全く逆というわけだ。
それにこの流れるような英語・・・。
「この運転手、相当観光客慣れしている!」そう思った。

第二の異変は「メーター」だった。
明らかに上がっていくスピードが早い。
すぐさま運転手にその事を指摘したのだが、彼は涼しい顔でこう言った。
「最近、どうも調子が悪くて・・・。着いた後ちゃんと距離で計算するから」と。
悪質な詐欺師の臭いは、確実に奴の体から放たれていた・・・。

最後に気付いた異変は「所要時間」だった。
地図上ではどう考えても15分もあれば着くはずが、何故か20分を過ぎてもバス乗場に到着しない。「適当な所をグルグル廻っているのではないか?」そう予想できた。
僕は詐欺師に停車するよう注文したが、奴はまたもや笑顔でこう言い放った。
「すぐ着くから!」・・・。

ようやくバス乗場に着いたのは、僧院行きのバスが出発する10分程前だった。
トランクを開け荷物を取り出そうとした瞬間、糞野郎が運賃を請求してきた。
「50ユーロでいいや!」・・・、はぁーーー???
僕が必死で拒んでも、奴は一切値段を下げない。
苦肉の策で「警察を呼んで、距離を計算してもらいたい」と告げると、悪質ドライバーは勝ち誇った顔でこう話した。
僕はその言葉に耳を疑った。
「どうぞ!警察でも何でも呼んでください!でもそんな事してたら、お前リラの僧院に行けなくなるよ!」
このチンポ野郎は、初めから知っていたのだ!
僕が何処に行きたいのかも、そこ行きのバスが一日一本しか出ない事も!
ヤラれた!!
完全に、ヤラれた・・・。

他人を養っていけるだけの力も覚悟もない男がエッチをする時は、必ず避妊具を使用しなくてはならない。
安心で快楽な性生活には、避妊具が必要不可欠だからだ。
同様に、安心で快楽な貧乏旅行を味わいたいのなら、「余裕」というコンドームを常に財布に忍ばせておかなくてはならない。

リラの僧院

↑リラの僧院を眺める僕の寂しげな横顔



2004年11月17日の思い出
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今朝、数年ぶりに早起きをした。理由は簡単だ・・・、「夢」を見たからである。この世に生を受けてから約25年、数え切れないほどの夢を見てきたわけだが、今日はその中でもとびっきりゴージャスな夢だった。しかしその一部始終を記したのでは、このインターネット・カフェに僕は貴重なユーロ硬貨を注ぎ込まなくてはならなくなる。だから一言で簡単に、そして分かり易く説明したいと思う。

「空港(何故か成田)に降り立った僕は迎えに来ていた小泉今日子と食事をし、酒井法子と一緒にディズニーランドで遊び倒し、奥菜恵とジャッキー映画・スパルタンXを堪能し、川村ひかると漫画喫茶に行った後、ドイツに戻るために鈴木京香と乗車したシベリア鉄道の列車が事故った・・・。」

最近友人から借りたDVDを見た結果、僕は時代の流れを痛感させられた。僕の好きな芸能人が、みんな一線を退いていたからだ。時代遅れな自分自身を、心の何処かで恥じていたのだろう。しかし、精神の乱れに睡眠中の脳内を支配されるとは・・・。僕も・・・まだまだ修行が足りないようだ

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異国に住んでいる僕が、日本の現状を把握するために最近よく行っている事・・・、今日はそれを紹介したいと思う。

実家から送られてくる、あるいは在独邦人の友達から借りるDVD、一般家庭用収録機器によって完成したこの一枚の円形記録盤、それを僕のパソコンに挿入するところから母国の現状分析が始まる。
「お笑い(バラエティー)」や「ドラマ」、「ドキュメンタリー」に「トークショー」・・・。
数々のテレビ番組が、ノーカットで液晶ディスプレーに映し出される。
第一段階は、もちろんそれらを一通り視聴することだ。
そうすることで、「笑いや感動」と「安楽の一時」が約束される。
しかし、これだけで終わってしまってはいけない。
日本の現状を理解するために最も重要なのは、次の第二段階目だからだ。
第二段階はもう一度頭から、今度は「早送り違い分析法」を用いて視聴し直す。
ここで、「早送り違い分析法」の意味を知らない人のために、解り易い説明を辞書から引用しておこう。

はやおくりーちがいーぶんせきーほう 【早送り違い分析法
1:=宣伝文句分析法
2:テレビやラジオの民間放送で流されるCM(コマーシャル・メッセージ)を分析することで、社会の変動や現在の流行を予測・理解すること。
3:母国現状分析法の中核を担う手法。
4:主に在外邦人が、自国の現状を認識・確認するために用いる手法。
5:主要番組をビデオ等の再生機器で視聴する際、時間節約のためCMを早送りするのが一般的であるのに対し、逆に主要番組を早送りしてCMに重点を置いていることから、こう呼ばれている。
「広痔苑(岩並書店)より引用」

と、とにかく、「CMだけを連続で見まくる」、と言うことだ。
日本で生活している方は、「馬鹿だ」と笑うかもしれない。
しかしこうすることで、本当に様々なモノが見えてくるのだ。
時代の移り変わりや流行だけでなく、ドイツと日本との放送システム・放送モラルの違い、・・・そして共通点。
メインのテレビ番組を見て楽しむだけなら、なにも日本から録画してわざわざ送ってもらう必要などない。
インターネットでダウンロードしたビデオファイルを(僕はまだ電話線を引いてもいないので・・・)、友人にコピーさせてもらえばいいのだから。

さて、ではその「CMを分析する」と言うのは、一体どういうことなのか?
昨日見たCMを例に、話を進めていきたいと思う。
昨夜僕が見たCMは全部で127本、全て先月「日本テレビ」で放送されたものだ。
簡単にジャンル別に分けてみると、以下の様になる。

化粧品・医薬品(41本)
上位:資生堂(17本)、花王(5本)、アース製薬(4本)
下位:再春館製薬(1本)、hoyu(2本)

食飲料品(30本)
上位:LOTTE(5本)、Asahi(4本)、SAPPORO(3本)
下位:大分麦焼酎(1本)、メグミルク(1本)

金融関連(23本)
上位:三井住友銀行グループ(4本)、アコム株式会社(4位)、
GEコンシューマー・ファイナンス株式会社(4本)
下位:東京三菱銀行グループ(1本)

車(12本)
上位:HONDA(6本)、TOYOTA(4本)
下位:BMW(1本)、フォルクス・ワーゲン(1本)

映画・音楽・イベント(10本)
上位:東京ディズニー・シー(2本)、ジブリ(2本)
下位:山崎まさよしニューアルバム(1本)、映画「セブン・ソード」(1本)

その他(11本):Xavix AEROSTEP(1本)、maruhati(1本)等

この中に、いかにも日本らしいポイントが二つあった。
一つ目は、食飲料品のCM全30本中、缶コーヒーの宣伝が11本もあったことだ。
WONDA、ジョージア、BOSS、ネスカフェ、ダイドー・・・、さすが缶コーヒー王国・日本だ。
ドイツと日本の日常生活の中で決定的に違うところ、それはコーヒーの飲み方である。
町中に溢れるカフェでゆっくりとコーヒーを楽しむドイツ人に対して、日本人が飲むのは出勤途中の駅で売ってる缶コーヒー。
日本独自のコーヒー文化がよく反映された情報だったと言えるだろう。

二つ目は、(時間帯によるが)金融関連のCMが異常に多いところだ。
これはテレビに限ったことではない。
日本国内どこに行っても必ず目にする、金貸し屋の大きな看板。
アイフル、プロミス、ほのぼのレイク、アコム、武富士・・・、さすが経済大国・日本だ。
日本独自のサラ金文化がよく反映された情報だったと言えるだろう。

その他にも色々な驚き・発見があった。
未だに観月ありさが多くのCMに出ていたこと、伊東美咲や魔邪などの芸能人が売れていたってこと、4時間以上もテレビを見てたのに一度もSMAPが登場しなかったこと、その代わり韓流スターが死ぬほど現れたこと、オサイフケータイとかがあったこと、カズが育毛剤のコマーシャルに出ていたこと、ジャニーズがいっぱい増えてたこと・・・。

日本に住んでいた時は早送りしていたCM、今はそれを見るためにメイン番組を飛ばしている・・・母国の早送り社会に置いて行かれないように。
でも、ここまでとはね。
僕が思っていたよりも、日本の時計はずっと早く回っていたようだ。

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悪友のパソコンを占領した僕は、一人黙々とブログの更新に励んでいた。特に意味のない作業を続けること約3時間、気が付けば液晶右下のデジタル時計は午前8時30分を指していた。・・・完徹である。僕の横には、仕事を終えた後わざわざハイデルベルクから駆けつけてくれた友人・Kくんが、仰向けになって寝ている。この部屋の主はというと、・・・ここに記せるような状態ではないようだ。肝心の僕は、まだハイテンションを保っている。パソコンに向かう直前まで読んでいた「のだめカンタービレ」という三流漫画のせいだろうか?天才音楽家・千秋くんになりきった僕がパソコンのキーボードをたたく姿は、まるで華麗にピアノを演奏するモーツァルトのようだ。音符もろくに読めないのに・・・。それでも、表現しようのない快感が僕を奮い立たせる。ただ・・・アホなだけなのかもしれない。

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「一緒にハイキング行かない?」
7月末、友人・Rさんからの爽やかな誘いの声が、安物のプリペイド携帯を通って僕の耳に届いた。
場所はスイス連邦・・・、北欧四ヶ国と並んで物価が高い観光立国だ。
Rさんの話では、鉄道パスをフル活用することで移動費を極力削り、なおかつヨーロッパ随一の美しさを誇るスイスの車窓をじっくり堪能しようということだった。
でもって、今回の「スイス鉄道旅行」の最大の目的が、「アルプスの少女・ハイジ」の舞台・マイエンフェルト訪問であることも、僕はその時に聞かされた。

「アルプスの少女・ハイジ」はフィクションである。
当然、彼女が住んでいた小屋なんて存在するはずがない。
しかし、その存在するはずがない「ハイジの家」を目指して、我々はせっせと山道を歩いた。
駅前から続く「Heidiweg(ハイジの道)」の看板にしたがってしばらく進むと、そこには「ハイジ博物館」が建っていた。
心のどこかで「ばかばかしい!」と思いながらも、何故か二人揃って入場券を購入。
館内には様々な言語に翻訳された小説や、クララが利用していた(?)古い車椅子が展示されていた。
博物館の周りにわざとらしく放牧されたヤギ・・・。
頂上を目指す道沿いに立てられた、ハイジにまつわるいくつものエピソード・ボード・・・。
片言の日本語を話す、自称・ハイジのお祖父さん・・・。
観光立国が客集めに仕組んだ商業的トラップに、我々はまんまとハメられていった。

その結果、・・・大満足!!
体力的には結構辛かったのだが、それでも楽しいハイキングだったと言える。
ハイジがどうのこうのよりも、美味しい空気を吸いながら眺めた穏やかな風景・・・、最高!!
大自然に囲まれて過ごす時間が、21世紀の現代社会において非常に貴重であることを再確認できた。
・・・でも、やはり疲れた。
まぁ、山歩き(往復)に約7時間もかけたのだから、当然と言えば当然か。

PS. 数日後、「名探偵シャーロック・ホームズ終焉の地」、マイリンゲンにも行ってきた。

ハイジ

↑ハイジとペーターに囲まれて(ハイジ博物館)



2005年7月28日の思い出
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2005年10月13日木曜日、福岡ヤフードームでプロ野球パ・リーグのプレーオフ第二ステージ・二戦目が行われ、ソフトバンクとロッテが互いの意地と誇りをかけて対戦した。結果、6回に逆転したロッテが見事連勝し、31年ぶりのリーグ優勝に王手をかけた。これによりロッテは、15日に行われる第三戦(あるいはそれ以降の四戦目、五戦目)で勝利すれば、リーグ覇者としてセ・リーグ王者・阪神タイガースと日本一を争うことになる。・・・おかしくねー??シーズン136試合の長丁場を戦い抜き、見事1位に輝いたのは「福岡ソフトバンク・ホークス」なのに・・・。プレーオフも糞も、もう勝負はついとるやん!!僕個人としてはこのプレーオフ制度・・・納得いってません!!まぁ、どちらにしろ、今年日本一になるのは我らが「阪神タイガース」ですけどね!!僕はもう、ライン川に飛び込む準備はできてますよ?阪神タイガース、日本シリーズ頑張りや-!!!!!

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最近、アイスを食べる日が減ってきた。Tシャツを洗濯する回数も、夜一人で散歩する回数も、解放感に浸りながら全裸で眠りにつく回数も減ってきてしまった。マンハイムは寒くなってきた。もうそろそろ本格的な冬の到来だろうか・・・。明日は冬物のコートを着て、クレープでも食べに行こう・・・そう思った。

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最近、よく一人で歌を聴くようになった。デジタル処理された懐かしい母国の名曲が、パソコンを通じて僕の心を奮い立たせる。歌というのは、いいもんだ・・・。でも・・・。

歴史や風習などの違いから、当然と言えば当然なのだが、ドイツには僕が学生時代よく通っていたような娯楽施設が全く見当たらない。どんな田舎町でも駅前には必ずと言っていいほど存在する「パチンコ店」、実力次第でかよわい学生でも対等にヤクザと勝負できる「雀荘」、新作プリクラ機や多種多彩なゲーム機が立ち並ぶ「ゲームセンター」・・・。歌唱技術の向上とストレスの発散を同時に行える「カラオケBOX」もその一つだ。・・・カラオケBOX君、お元気ですか?この二年間・・・ご無沙汰しております。

ドイツ(ヨーロッパ)での生活は自分なりに楽しめているし、色々勉強になることも多い。しかし、やはりここは異国の地。時には愛する母国を懐かしく思うことだってある。そんな時、僕は一人で日本の歌を聴くようにしている。一人寂しく部屋の片隅で・・・。

最近ハマっているのは、「長渕剛」だ。「さだまさし」や「松山千春」も大好きなのだが、最近はもっぱら「長渕剛」を聴きまくっている。彼の歌には、我々が忘れかけている力強い「魂」が込められいるからだ。「十年前の帽子」は名曲で、二度と訪れない今日という日の大切さを、僕に思い起こさせてくれる。「I LOVE YOU」もまた、エロスを超越した男と女の真の愛について歌った、最高の曲であると言えるだろう。その他にも素晴らしい歌が沢山あるので、一度試聴することをお勧めする。

最近、よく一人で歌を聴くようになった。デジタル処理された懐かしい母国の名曲が、パソコンを通じて僕の心を奮い立たせる。歌というのは、いいもんだ・・・。でも・・・、やはりたまには大声で「長渕剛」を歌ってみたい。そう思いながら、また僕は今日も部屋の片隅で一人寂しく、パソコンのスピーカーに耳を傾けるのだろう。

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僕の本拠地マンハイム(Mannheim)で友好の輪を広げようと、mixiに一つコミュニティを作った。「MANNHEIMER MORGEN」、今はまだ8人という少ない数字ではあるが、いずれこのコミュニティがMannheimに住む多くの邦人たちの絆になれれば・・・と思っている。楽しい時はその幸せを分ち合い、辛い事があった時には共に解決法を模索する。シンボルの給水塔を見上げながら、「どこにいても一人ではない」と実感できるように・・・。こんな事を考えながらネット・カフェに通っているのは、僕が最近「電車男」という日本映画を観たせいだろうか・・・。

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悪友のパソコンを占領した僕は、一人黙々とブログの更新に励んでいた。特に意味のない作業を続けること約8時間、気が付けば液晶右下のデジタル時計は午前7時を指していた。・・・完徹である。僕の横には、仕事を終えた後わざわざハイデルベルクから駆けつけてくれた友人・Kくんが、うつ伏せになって少女漫画を読んでいる。この部屋の主はというと、・・・ここに記せるような状態ではないようだ。肝心の僕は、まだハイテンションを保っている。何か物事をやり遂げた時の達成感でも感じているのだろうか。誰が褒めてくれるわけでもないのに・・・。それでも、表現しようのない快感が僕を奮い立たせる。ただ・・・Mなだけなのかもしれない。

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こんな事、電話線を通して世界中に報告することではないのだが・・・僕は昨夜・・・ゲロを吐いた。理由は良く分からない。寝起きに食べた65シリーズが悪かったのか、それとも数日間冷蔵庫の中で眠っていたトマトを丸かじりしたのが原因か、あるいは封を切ってから何日も経っていた牛乳を飲んだのがよくなかったのか、はたまた・・・。理由は良く分からない。とにかく僕は昨夜、ゲロを吐いたのだ。今でもかなり気分が悪い。しかし何故か、僕は今ネット・カフェにいる。別に今日中にする必要もないのに、一生懸命ブログの更新に励んでいるのだ。窓の外には、見慣れたマンハイムの夜の風景が広がっている。今、厚手のコートを着た綺麗な女性が(窓越しに)目の前を通った。しかしそんな女性よりも、僕は窓に映った疲れきった自分自身の顔に見惚れている・・・。必死で無駄な努力を重ねる馬鹿な自分に酔っている・・・。ああ、僕はなんてカッコイイ・・・。


明日はトルコでの思い出話「生命の木~THE TREE OF LIFE~」を書こうと思っている。このブログを始めた最大の理由、どうしても書き記したかったあの時の体験談・・・を。

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今日は、今年の夏モロッコに行った時のエピソードを記そうと思っている。
大した話ではないので、美談による感動やためになる旅行術を期待している方は、即刻「2ちゃんねる」に移動することをお勧めする。
僕の零れ話は予想以上に退屈なので、心と時間に余裕のある方だけ付き合っていただきたい。

さて、あなたは「モロッコ」と言われて何を連想するだろうか?
「イスラム教」、「砂漠」、「ハッシシ」・・・色々想像されることだろう。
僕はまず「性転換」という言葉が頭に浮かんだ。
僕以外にも、このキーワードを連想する方は多いだろう。
もちろん、これには訳がある。
「カルーセル・マキ」という日本で有名(?)な芸能人が、昔モロッコのカサブランカで性転換手術を受けたからだ。
その事を知っていた僕は、スペインのアルヘシラスからタンジェへ向かうフェリーの中で、「元・男」が何人いるのか観察して暇を潰していた。
当然、それらしき人は一人も見当たらなかったが・・・。
まぁ、イメージというものなど・・・こんなものだ。
では逆に、モロッコ人の東洋人に対するイメージとはどんなものなのか?
今日はその滑稽さについてふれていきたい。

最近、異国を旅していて「東洋人のイメージ」というものが気になりだした。
ドイツやフランスなどEUの先進国内では、東洋人なんて人種は腐る程住んでいる。
当然地元の人々も東洋人慣れしていて、珍しがって話し掛けてくる人間など、幼い子供たちや物乞いのホームレスを除いてはほとんどいない。
これらの国においては、やはり中国人のイメージがそのまま東洋人のイメージになっているようだ。
大抵の町にはいくつもの中華料理屋が存在し、アジア商店を営んでいるのもほとんどが中国人だからであろう。
最近ドイツに関しては、音楽を学びにくる韓国人や日本人の学生も増えてきているらしいが、人口から考えても出稼ぎに来る中国人労働者が多いため、その印象が強いというのもうなずける。
しかし、発展途上国になると話は別だ。
旧ユーゴスラヴィアや東欧、アラブ諸国に一歩足を踏み入れると、中国人労働者の数の少なさに気づくだろう。
町を歩いているだけで違和感を感じる・・・、中華料理屋も異常に少ない。
そういった国では、僕のような日本人旅行者は非常に目立ってしまう。
冷ややかな視線が、四方八方から突き刺さる。
目の細い変な旅人をからかおうと、いろんな奴等があの手この手で声を掛けてくる。
「コンニチハ」、「ナカータ」、「チンチャンチョン」。
最初はウザかったが、今ではむしろこういうのが楽しく思えてきた。
彼等が発する言葉の中に、彼等の東洋人に対するイメージが込められていると思ったからだ。
そうして、彼等の東洋人に対するイメージ調査ということで、勝手に統計を取りランキングをつけることにしたのだった。

タイ:
1位「アナタ」
2位「カワサキ」
3位「シャチョサン」
アルバニア:
1位「チーノ」
2位「チンチョン」
3位「ジャッキー・チェン」
トルコ:
1位「ジャッキー・チェン」
2位「コンニチハ」
3位「ニホンジン?」
と、いった感じにである。
言われた場所や状況によって、向こうがどうして僕にそう声を掛けたのか・・・大体の予想がつく。
例えばバンコクの歓楽街で、「アナタ」や「シャチョサン」と声を掛けられれば、ネーチャンの呼び込みだと安易に理解することができる。
また「チンチャンチョン」や「チンチョン」などの意味不明な発言も、おそらく中国語をイメージして言ったのではないかと予想できる。
しかしモロッコでは、あまりに理解不能な発言を幾度となく聞かされた。
では、モロッコ人の東洋人に対するイメージ・ベスト3を発表したい。

モロッコ:
1位「ジャッキー・チェン」
2位「ブルース・リー」
3位「ハシモト
・・・3位に注目してほしい。
ハシモト??・・・誰??
ちなみに4位は「ナカータ」・・・。
つまり謎の「ハシモト」さんは、世界の「ナカータ」を押さえて3位入賞を勝ち取ったのである。
モロッコに行ったことのある他の日本人男性ともこの話をしたのだが、彼も何度も「ハシモト」と声を掛けられていたという。
「ハッシシ」と似ている日本の名前だから・・・という説もある。
かつての総理大臣の印象が強いのでは?・・・というものも・・・。
まぁ、イメージというものなど・・・こんなものだ。

モロッコ

↑フェズのメディナ(旧市街)をバックに



2005年6月11日~19日の思い出
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一昨日、友人・Rさんが帰国した。彼と出会ったのは一昨年の秋、マンハイムの語学学校でお互い知り合い、その後何度も食事会や様々なイベントを共に楽しみ、旅行も一緒に行くようになった。阪神ファンであることや旅行好きであることなど、お互い共通点が多かったため会う度にマニアックで変態じみた話をしていた。まぁ、嫌な事があった時には、愚痴のこぼし合いも・・・。Rさんは一度日本に帰っていたのだが、ある理由から今年の6月再び欧州にやってきた・・・電車(シベリア鉄道)で・・・。基本的には欧州各国を周遊していた彼だが、何度かマンハイムの僕の家にも訪ねてきてくれた。短期間ではあったが、アルバニアやマケドニア、サラエヴォやコソヴォ自治州にも一緒に行くことができた。スイスのマイエンフェルトにある「ハイジの家」へも二人で行けた。彼と旅をするのは本当に楽しかったのだが・・・、一昨日帰国してしまった。何度経験しても、別れというのは辛いものだ。まぁ、前回と違い、彼が笑顔で帰国してくれたことが唯一の救いではあったが・・・。

更に昨日、彼女のTちゃんが帰国した。千葉に住んでいる彼女がドイツに遊びにきたのは3ヶ月前、音楽大学の受験にきたのだが・・・残念な結果に終わってしまった。彼女との出逢いやその他諸々に関しては、ここで語るわけにはいかない。このブログを読んで、明日僕にひやかしの電話をかけてくる悪友が数多く存在するからだ。まぁ、彼女が日本でしっかり生活してくれることを願っている・・・とだけ書いておこう。

年を重ねる毎に慣れてくるものが多いが、別れというものに慣れる日はこないだろう。しかし、一生会えないわけではない。次に彼等と出会う時、一回り大きく成長した自分でいられるよう、また努力をしていこうと思っている。最後に、僕に最高の時間を与えてくれた二人の日本人に、感謝の言葉を送りたい。「ありがとう!!

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ミュンヘンからブダペスト行きの国際列車に乗った時、同じコンパートメントに身なりの良い老夫婦が乗り込んできた。窓際の席に向かい合って腰を下ろした二人は、移り変わる車窓に一喜一憂しながら言葉を交わしていた。二人の会話から、彼らがウルムに住んでいる事や、娘がミュンヘンで働いている事、目的地がホッロークーというハンガリーの小さな村である事から、二人がお互い愛し合っているという事まで判明した。同じコンパートメント内でデジカメをいじっている東洋人の得意技が、まさか「盗み聞き」であろうことなど、彼らには分かるはずもなかった。しばらくすると、二人はお互い何やらブ厚い本を取り出し読み始めた。さっきまでとは打って変わって静まり返るコンパートメント内・・・。それもそうだ、そこには僕とその老夫婦以外だれもいなかったのだから。大阪生まれの僕には、大嫌いなものが三つある。読売巨人軍(巨人ファン含む)、納豆、そして密室での沈黙である。堪えられなくなった僕が音楽を聴こうとイヤホンを取り出したその時、奥さんがチョコレートを旦那さんに手渡した。「ダンケシェーン」、受け取ると同時に旦那さんは笑顔で奥さんにそう言った。「ビッテシェーン」、すかさず満面の笑みとともにこの言葉を返した奥さん。わずか数秒の間に行われたこの二人のやりとりが、何故だか僕の目には自然ながらもとても輝いて見えた。

大阪に住む僕の両親に置き換えて考えてみたのだが、父と母との会話の中で「ありがとうどういたしまして」というフレーズをあまり聞いたことがない。ドイツに住むようになって、また世界各国を旅してみて感じたことだが、日本人と欧州人とでは感情表現方法に大きな違いがある。欧州人は、感情を表情あるいは言葉に乗せて全て吐き出す。日本人の場合、感情を笑顔に限り表情に現し、その他の表情や言葉は大抵飲み込んでしまう。もちろん、これは一般論だ。個人によって多少の差があることは言うまでもない。どっちが良いのか悪いのか、そんなことをこの場で断言するつもりもない。欧州人は表情と言葉でコミュニケーションをするように幼い頃から教育されているのだろうが、我々日本人はそう習ってはいない。「以心伝心」、「黙して語らず」、「口は災いのもと」・・・そう教育されているのだ。日本では、謙虚であることの方が、言葉よりも良いコミュニケーション法だとされているからである。こういった日本文化は素晴らしいと思っているし、僕は謙虚な日本人が大好きだ。でも、せっかく欧州にいるのだから、ここは一つ欧州文化を吸収してみるのも悪くないだろう・・・最近はこう考えている。

ふと旦那さんと目が合った時、彼は持っていたスナック菓子の袋を僕の方に傾けてくれた。とっさの事だったが、笑顔で「ダンケシェーン」と言うことができた。この一言にこそ、僕が長きに渡って勉強してきたドイツ語の成果の全てが込められていた・・・勝手にそう思った。しかし、あの時の僕の笑顔がやや不自然だったのは、「ブレーツェル(Brezel)」というドイツのお菓子が塩辛すぎたせいだろうか?

コンパートメント

↑良くも悪くも様々な出会いがあるコンパートメント


2005年4月1日の思い出
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はじめまして、proudjapaneseです。
まずは簡単に自己紹介をします。
確実に男性です。
大阪出身の25歳です。
ドイツで生活していた時期もありました。
身長188cm-63cm+44cm+91cm-114cm+25cm-5cm、体重191kg-86kg+12kg-74kg+100kg-89kg+15kg-6kgです。
親からはO型だと聞いています。
正直、かなりカッコイイ日本人です。
旅行が何より好きで、死ぬまでに出来るだけ多くの国を周ってみたいと思っています。
自慢は、小学生時代にDDR(ドイツ民主共和国)入国を果たした事です。
武勇伝は、高校時代に公の場で全裸サッカーを実行した事です。
趣味は旅行の他に、ギャンブルと映画鑑賞があります。
片想い歴16年です。
相手はジャッキー・チェンです。
今日までの25年間、ギャンブルに育てられました。
以前、プロのスロッターとして輝いていた時期もありました。
特技は、・・・何でも出来ます。
タダ乗りや国際学生証の偽造、不法滞在に違法労働などの技術も、現在メキメキ向上中です。
無類の甘党で、最近お腹の出っ張りが気になり始めました。
アブトロニックは親友です。
料理好きの酒豪です。
愛犬の名前はアルビー、サッカー選手ロベルト・バッジォのイニシャルが由来です。
よろしくお願いします。



本来「日記」とは、タチの悪い友人や24時間パソコンの前に座っている世界中のヒマ人達に読ませるものではなく、部屋の隅っこで一人コッソリと思い出し笑いを浮かべながら楽しむものだと思っていました。「ネット上に公開することで得るものなど何もない!」と・・・。「あんなもん、絶対せーへん!」と・・・。でも・・・、始めちゃいました!自分のポリシー、簡単に曲げちゃいました!まぁ、帽子とネコはかぶる為に、信念とスプーンは曲げる為にあるのですから。日記だけでなく、マンハイム(ドイツ)での日常生活に関してや今まで行ってきた国々での様々な体験談など、あらゆる事について勝手に語っていくつもりです。世間の目や他人のプライバシーなど関係なし!!父さん母さん・・・スイマセン。ぼ、僕は今日から、「サイバー日記」を始めます。

このブログをご覧になる前に、必ず下記の注意書きをお読みください

注意事項を読んだ上で、「了承する」をお選びになった方のみご参加いただけます。「了承しない」をお選びになった方に関しましては、二度とこのブログを開く事は出来ません。

注意1:「旅行記」は、今まで行ってきた国々での「思い出」を、当時書いた日記を元に、ランダムに記しているだけです。当然、旅をした年月日に統一性は全くありません。何時の思い出なのかは、最後に記されている年月日でご確認ください。

注意2:「日記」は、基本的にはその日に感じた事をリアル・タイムで更新しています。文中に出てくる時間と更新日時は連鎖します。したがって、日記の最後に年月日は記してありません。

注意3:「日記」・「旅行記」ともに、僕の友人以外の人物(有名人など)に関しては、実名フルネームで書き込んでいます。批判的な内容の場合も同様に、基本的には実名フルネームで記してあります。本人(と確認できた方)からの直接的な抗議・苦情がない限り、このまま続けていくつもりです。誹謗中傷などはなるべく抑えているつもりですが、万が一不愉快に思われた方がいらっしゃいましたら、もう二度とブログは読まないでください。

注意4:「このブログ」には、一般的な情報としての信憑性は全くありません。旅先や日常生活の中で感じた事などは全て僕の主観であり、それらは脚色が加えられ大げさな表現で載せられています。このブログ内の情報だけで、危険とされている国々への渡航を予定するのはやめてください。正式な情報を求める方は、「地球の歩き方(ダイヤモンド社)」や「外務省 海外安全ホームページ」などをご利用ください。また、文中には度々「犯罪行為」に関する内容が載せられていますが、それらも全て話を盛り上げるための「演出」であって、犯罪行為を推奨している訳ではありません。

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注意9:「このブログ」には、基本的にどうでもいい事が多く記載されています。忍耐強く、穏やかな気持ちを持ってお読みください。また、面白くない内容も盛り沢山です。毎回無理してでも(声を出して)笑うよう心がけてください。

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