THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (本編)


   
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20060930003654

↑温かいセピア色の思い出は、常に彼等と共に・・・。

「幼い日 夕焼けこ焼けを口ずさみ
赤とんぼをおいかけたころを思い出してください
ゲームセンターや塾もなく
ただ 外で暗くなるまで仲間と一緒に
身体を動かして遊んだ少年時代
くたくたになって家に帰ると 待っているのは
母親の優しい笑顔とあたたかいカレーライス
テレビもなく 10円玉を握り締め聞いた
おっちゃんの紙芝居の声が今なお耳に残る
欲しいおもちゃはたくさんあったけど 買って貰えず
いっぱい持っている友だちに遊ばせてもらったあの日
ボロボロになった人形を大切に抱き締め
けっして 誰にも貸さなかったあの子
物のない時代 みんな貧しかったけど
心はとってもとっても豊だったような気がします。 館長」
おもちゃと共に生きた時代、それに対する館長の想いは、静かに入口すぐ右手の壁に貼られていた・・・。

今回、週に一度の休日を利用して僕が訪ねたのは「奥飛騨おもちゃ博物館」だ。その名の通り、一般家屋を改築して造られた館内には、懐かしい玩具の大群が所狭しと並べられていた。その数は、優に一万点を超える。江戸時代の泥面子、明治に作られたブリキ製玩具、昭和生まれのプラスティック製人形・・・。常に子供達と共に成長を続けてきた彼等は、大人になったかつての親友(来館客)を、再び少年時代へと引き戻す・・・。

大人は自らの青春時代を振り返る時、よく「昔は良かった」と口にするが、そんなはずはない。物と平和で溢れる裕福且つ安全な現在の日本が、貧しく不安定だった頃に比べて劣っているとは思えない。嫌な出来事は全て排除し、良い思い出のみによって構成された大人の脳内には、温もりある思い出だけが残る。色褪せたセピア色の世界、それが現在に疲れた大人達の記憶に、「古き良き時代」という幻を植え付けているだけだ。・・・しかし、例え幻であっても、それを振り返り懐かしむ事で、今日からまた厳しい現実に立ち向かう勇気が湧くのなら、敢えて妄想に身を投じてみるのも悪くない。鉄人28号のフィギュアを食い入るように眺めていたオジサンの背中が、僕にそう思わせた・・・。

25歳となった僕は、多分もう大人なのだろう。だが、いつ子供を卒業したのかはよく覚えていない。チンポに毛が生えた時か?堂々とエロ本を買えるようになった頃か?初めてエッチをした日だろうか?やはりその答えはハッキリしないが、おそらく玩具で遊ばなくなった頃から、僕は大人への階段を上り始めたのだろう。日本に一つしかないブリキ製のおもちゃ「鳥籠と猫(籠の鳥)」に視線を送りながら、僕はそんな事を考えていた・・・。

僕の「古き良き時代」、毎日一緒に遊んだ「聖闘士星矢」のフィギュア、今どこにあるんだろう・・・。

岐阜生活67日目、少年時代のproudjapaneseとして終了。
ターくん
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本日、日本ハム(ファイターズ)がリーグ戦一位通過を決めた。旧ダイエー(ホークス)をイワした後の祝勝会、そこには大量のビールに塗れるE男の姿が・・・。

SHINJO、日本野球界で最も輝く笑顔を持つ男。人々を魅了する彼の輝きは、ファンのみならずチームメートまでも引き付け、大きな原動力となって最北のプロ球団を一等賞に導いた。そんな彼は、かつて国内最高級の肩、メジャークラスの守備、そしてヘタクソなバッティングを武器にアメリカに渡った。愛車のフェラーリを売却してまで臨んだ挑戦だったが、当然且つ残念ながら、メジャー同期であるイチローほどの好成績は残せなかった。それでも福岡産のジェームス・ディーンは、持ち前のラッキーヒットと愛くるしいキャラクターを最大限に活かし、「日本人初のメジャー四番」を勤めた事で、ムリヤリ人々の記憶に居座った。そんな図々しい野球小僧も、ついに今期限りでユニフォームを脱ぐ決意を固め、そして今日見事に勝利の美酒に酔い痴れた訳だ。その姿はまさに水も滴るE男だったが、これもあくまで通過点に過ぎない。子供心を持ち過ぎた野球史上最高のパフォーマーは、SHINJO劇場の最終章(日本シリーズ)を鮮やかに演じ切った後でのみ、真のE男へと変貌を遂げる
・・・。

「名古屋の人達には悪いんですけど・・・、出来れば甲子園でやりたいですね・・・」記者会見の場で、巨星はそう言って白い歯を覗かせた。主役は自らの最後の舞台として野球の殿堂・甲子園を、最後の共演者として古巣・阪神タイガースを選んだ。さて、我らが猛虎軍団は、このイケメンファイターの期待に見事応える事が出来るのだろうか?もちろん出来るはずだ。ドイツ語読みで「E男」は「イイ男」ではなく、「エエ男」なのだから・・・。「栄光」の二文字は常に関西にあり!!頑張れ、阪神タイガース!!

岐阜生活65日目、ボクシング界のE男「浪速乃弁慶」に拍手を送りつつ終了。
proudjapanese

20060924020628

↑想いが詰まった今夜の従食。

我が温泉施設の厨房で働くプロの料理人「池田さん(中学生の孫を持つ62歳の女性)」、彼女は訪れるお客様にのみならず、我々従業員に対しても毎日3食分の献立を立てなくてはならない。驚くべきはそのバラエティーの豊富さ、ここに来てから約二ヵ月、未だに僕は同じメニューを口にした事がない。また、食にウルサイ住み込み従業員を黙らせるほど、その味の方も超一流だ。そんな池田さんの作り出す芸術品、それは皆から「従食(従業員専用食の略称)」と呼ばれ親しまれている・・・。

今夜、僕の前に出された従食は栗御飯だった。それが美味しかった事は言うまでもない。不味いはずがなかった。僕は知っていたからだ。その栗御飯がどのような過程を経て僕に食されたのかを・・・。

昨日の夜、休みだった僕は、ブタ小屋と化した自分の部屋を掃除しようと、掃除機を借りに職場に顔を出した。ふと調理場に目をやると、そこには大量の栗の皮を剥く池田さんの姿があった。80人以上ものお客様に食事を提供した後、その偉大な大先輩は誰もいなくなった厨房の片隅で、ただ黙々と手を動かしていた。食事の時間は僅か数分だが、そこにはそれを用意する者の絶大な愛が込められている。20年以上もの間、休む事なくキッチンに立ち続けてきた僕のオカンの背中、その大きさを思い出した一瞬だった・・・。

今夜、僕の前に出された従食は栗御飯だった。それが美味しかった事は言うまでもない。不味いはずがなかった。そこには、「秋の味覚」と「母の温もり」がふんだんに盛り込まれていたのだから・・・。

「ごちそう様でした!!」僕が食後に伝えた一言に対し、池田さんは「明日はもっとうめぇもん食わしてやっからな!!」と笑い、すぐにまた後片付けへと戻って行った。・・・その笑顔は、やはり僕のオカンのそれと良く似ていた。

岐阜生活61日目、職場の母と実の母に対する感謝の気持ちを胸に終了。
proudjapanese

20060922234621

↑「ふれあいの金塊」
重量:100.5kg
純度:999.9
製作費:2億円(当時)
製造元:大阪市三菱金属製作所
製造日:平成元年6月5日

ひんやりとした冷たい感覚は、確実に指先から僕の脳に伝わった。黄金色の輝きは、痛いくらいに僕の目蓋を刺激した。2億円相当の正方形、高額な巨大サイコロの表面には、目の代わりに「飛騨大鍾乳洞」の文字が刻まれていた・・・。

昭和40年、採石のため飛騨を訪れた(故)大橋外吉は、当地で鍾乳洞を発見し直ぐ様それを開発、「飛騨大鍾乳洞観光株式会社」を立ち上げ、鍾乳洞横に世界の銘石を集めた「大橋コレクション館(飛騨美術博物館)」を併設・開館した。そしてそこは、今やこの地域を代表する観光名所にまで発展したのだった・・・。

本日、休日の午前中を布団の中で過ごした僕だったが、午後2時過ぎにはしっかりと鍾乳洞入口に到着。その後、約2時間に渡り洞内と館内を見学した。太古の夢から目覚めた幻想の世界、全長800メートルの洞窟は、確かに興味深かったと言える。しかしそれ以上に、大橋コレクション館内で一般公開されていた金塊の方がより印象に残っている。それは、直接自分の手で触れる事が出来たからだ。世界広しと言えども、2億円相当の金塊を実際に触らせてくれる博物館など他にはない(と思う)。実に貴重な体験が出来た。

ひんやりとした冷たい感覚は、確実に指先から僕の脳に伝わった。しかし、それを差し引いてもお釣りが来る程、穏やかな温もりが僕の胸と心を包み込んだ。「ふれあいの金塊」かぁ・・・。名は体を表す、と言う事か。

平成18年9月22日、飛騨が誇る観光名所は、創設者(故)大橋外吉が発見した鍾乳洞、遺した金塊、掲げた「ふれあい」のスローガンを通じ、今日も多くの来訪者に温もりを提供していた・・・。

岐阜生活60日目、今日が何曜日であったかをキッチリと脳裏に焼き付け終了。
proudjapanese

急激な非合法的手段に訴えて政権を奪う行為、クーデター。本日、海を越えて伝わったこのフランスからの外来語が、テレビの前であぐらをかいていた僕に衝撃を与えた・・・。

タイ王国で敢行されたクーデター。国軍と警察が現憲法を停止させ、全土に戒厳令を敷く事で、完全に国の実権を掌握した。その後プミポン国王と謁見した国軍首脳は、タクシン首相に代わりソンティ陸軍司令官が暫定首相に就任した事を発表。これは、2001年から続いたタクシン政権が事実上崩壊した事を意味する・・・。

数年前から、僕はクリスマスを毎年違った場所で過ごす事にしている。実は今年、タイに行こうと思っていた。あの国は僕にとって特別で、かつて親友と二人で周遊した時の思い出は、今も昨日の事のように思い出される。楽しかった。本当に最高の旅行が出来た。僕の旅人生の原点は、間違いなくあの国にある。しかし・・・。

「国民を分裂させ、汚職を蔓延させたタクシン政権は、国の安全と経済運営に悪影響を与えかねない。国軍と警察でつくる民主改革評議会が実権を掌握し、正常化する必要があった」、クーデター敢行の理由をそう説明したソンティ暫定首相。もっともらしい発言だし、これで国は良い方向に向かうかもしれない。事実、タクシンには多くの問題があった。特に国王との関係は、プミポンを敬愛するタイ国民の不満を煽った。だが、タクシンを選んだのもまたタイ国民である事を忘れてはならない。「選ぶ事の責任」、その重さを正当な手段ではなく「武力」で覆したタイ国軍・・・、好きにはなれない。残念ながら、主要施設に配置された戦車や装甲車、強行手段によって制圧された今のバンコクは、大切な人に見せてやるほど魅力的な首都ではなくなってしまった。非常に悲しい・・・。

「我々は国王の下におり、自ら国を統治するつもりはない。出来るだけ早く立憲君主制を回復し、主権を国民に戻したい」・・・。新首相が語ったこの言葉を信じ、旅人を魅了する仏陀の国が一刻も早くかつての輝きを取り戻してくれる事を願って止まない。

さて、今年のクリスマスは何処に行こうかなぁ?

岐阜生活58日目、他国の平和と職場の平穏を祈りつつ終了。
proudjapanese

20060917003528

↑グリコの最高傑作!!

一口、舌上でとろけるまろやかな食感・・・。テレビを睨み付けていた自分の眼差しが、次第に穏やかになって行くのを感じた。

一口、口一杯に広がる愛すべき甘味・・・。全身から疲労がすーっと薄らぎ、心は晴れ、24時間フル稼働していた脳も静かにリセットされた。

一口、静かに過ぎ行く爽やかな喉越し・・・。新たな一日に向け、心身共にリフレッシュ出来た。

一口、終盤に訪れる大人の苦味・・・。僅かな優勝への希望を完璧に打ち砕かれた阪神タイガースの痛過ぎる連敗。オウム問題(松本被告の死刑確定)についてコメントする上祐の薄汚い声。球界のスーパースター「新庄(現日本ハム外野手)」を誘惑する自民党の魔の手。職場で毎日繰り広げられる女同士の醜い争い。チンポの付け根付近に発生した出来物の痛み。それらの暗い話題が、ゆっくりと僕の脳内から姿を消した。

一口、いつまでも残る淡い後味・・・。「明日からまた頑張って生きよう!!」そう思えた、まさに至福の一時。

グリコの最高傑作「とろ~りクリームonプリン」・・・。それを完食した瞬間、人は未来への希望と明日への活力、そして至福の一時を得る事が出来る。

最後の一口(39口目)、異常なまでの満腹感・・・。寝る前に詰め込んだ糖分の塊(三つ)が、自らの体調と体重にどのような変化を与えるのか?悪寒を感じながら、それを心配した午前零時・・・。

岐阜生活54日目、実家から送られてきた冬服に身を包み終了。
proudjapanese

今日は、2001年からクリスマスに次いで有名となった世界規模の記念日である・・・。

僕がポーランドのアウシュビッツを訪れた時、ユダヤの民は涙を流しながら静かに祈りを捧げていた。しかしシリアのクネイトラには、イスラエル軍の攻撃によって破壊された街がそのままの姿で残されていた。眼鏡をかけた架空のチビッコ名探偵とは180度意見が異なるが、僕は常に真実が一つだとは思わない。100人の人間がいれば、当然100種類の価値観、考え方、正義に裏打ちされた100通りの真実がある。

9.11(キュウテンイチイチ)・・・。先進国のメディアのみで成り立つ現代の情報化社会、そこに属する日本という国において、おそらくこの記念日を知らない者はいないだろう。しかし5年もの月日が経過した今現在でも、発狂した史上最凶のテロ組織が世を震撼させた「同時多発テロの日」なのか、傷付けられた地上最強国家が世を震撼させた「実質的開戦の日」なのかは、未だ個人の判断に委ねられたままだ・・・。

今日は、真の平和に関する自分なりの想い(意見)を、静かに整理すべき一日(記念日)だったと思う。

さて、あなたの真実は?!
(Give me a groove!!)

岐阜生活49日目、・・・終了。
proudjapanese

本日(9月6日)、41年ぶりの男子を皇室にもたらされた紀子様は、病室でお目覚めになられた時、一言「帰ってまいりました」とのお言葉を発せられた(らしい)・・・。

皇太子様、秋篠宮様に次ぐ三番手皇位継承者の誕生。日本国内のみならず、世界各国でも大きく報道されたこの喜ばしいニュースだが、特別かつ複雑な一家で生きておられる紀子様、雅子様の母親としてのお気持ちを考えると、実に様々な想いが僕の胸を支配した。本来、自らの体を痛めてまで誕生させる尊い生命、愛する我が子は、男子でも女子でも同等の喜び、感動を母親に与えるものだ。しかし・・・。まぁ、これ以上は何も記さない方が良さそうだ。僕のようなふざけた人間が、こんなふざけたブログ上で、ジャパンのシンボルである皇室についてアレコレ語る事自体おこがましいのだから・・・。

今月18日から(期間限定で)販売を再開する吉野屋の牛丼。再び超低価格であの味を堪能できるかと思うと、既に今から待ち遠しい。米国産の入荷に未だ若干の問題がある事からか、メキシコ産牛肉との併用による営業となるらしいが、それでもおそらく18日の開店時には多くのファン(ミーハー)が全国のオレンジ色の看板の前に行列を作ると予想される。そして久々にお目覚めになられる吉野屋の皇位継承者は、きっと消費者のお口の中で、一言「帰ってまいりました」とのお言葉を発せられるのだろう。

岐阜生活44日目、休館日を利用した職場の人々とのボーリング大会で赤っ恥を掻いたまま終了。
proudjapanese

20060906012117

↑2006年9月5日午前10時48分、ご臨終です・・・。

先月26日の土曜日、出会いは突然やってきた。仕事を終え一服していた僕は、自分の部屋のあまりの煙たさに気付き、新鮮な空気を求め静かに窓を開けた。すると、突如ある未確認飛行物体が・・・。

僕の聖域を侵した生意気なUFOが、チョウ目のチョウ以外の昆虫「蛾」であると判明したのは、グラスを用いたヤツの捕獲作戦を成功させた後の事だった。グラスから脱出しようと必死で藻掻く哀れな害虫・・・。本来忌み嫌われるべき存在である蛾だが、何故かその時のヤツの姿は、僕の目にはとても愛らしく映った。その瞬間から、僕とヤツとの共同生活がスタートした訳だ・・・。

約10日間、ヤツは生き続けた。餌を与えられる事もなく、酸素も十分に行き届かない狭い檻の中で・・・。もっと早く諦めると思っていた。もっと早く死を受け入れると思っていた。しかしヤツが、生への執着心を捨てる事はなかった。蛾よ、聞いているか?皆から嫌われ続けた、間違いだらけの人生(虫生)だったかもしれない。だがお前が精一杯生きた事実は、僕が知ってる。安らかに、眠れ・・・。

それにしても、あの状況下で10日間も生きるとは・・・。ヤツの生命力には本当に驚かされた。
オー・マイ・蛾ー!!

岐阜生活43日目、10日前から僕の隣にいてくれた害虫の冥福を祈りながら終了。
proudjapanese

20060902000231

↑標高3180メートル、北アルプス第二の高峰は、真に槍の穂の如し。

昨日、僕は岐阜・長野両県境に聳え立つ名山「槍ケ岳」を眺めていた。新穂高ロープウェーの終着駅にある展望台から・・・。通常の僕のブログなら、必ず前文の「・・・」部分には「たった一人で」というフレーズが入る。しかし、今回はそれを排除させてもらった。これまで、基本的に一人で多くの絶景を目の当たりにしてきた僕だが、こうして二人で見るのも悪くない。・・・そう思えた瞬間だった。

目を擦りながら目覚め、美味しい物をたらふく食べて、嫌と言うほど大自然を満喫し、ゆっくりと温泉に浸かった後、夜イビキをかいて寝る・・・。岐阜に来て以来、僕が毎週送ってきた平凡な休日も、二人でやってみるとまた全く違った輝きを放った。先々週行ったばかりのクマ牧場も、意外に新鮮な気持ちで楽しめた。まぁ、それは単に僕がクマ好きというだけかもしれぬが・・・。とにかく、掛け替えのない存在に気付けた事だけは確かだ。

岐阜生活39日目、一昨日から僕の隣にいてくれた最愛の訪問者に感謝の気持ちを抱きながら終了。
proudjapanese

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