THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (本編)


   
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ミュンヘンからブダペスト行きの国際列車に乗った時、同じコンパートメントに身なりの良い老夫婦が乗り込んできた。窓際の席に向かい合って腰を下ろした二人は、移り変わる車窓に一喜一憂しながら言葉を交わしていた。二人の会話から、彼らがウルムに住んでいる事や、娘がミュンヘンで働いている事、目的地がホッロークーというハンガリーの小さな村である事から、二人がお互い愛し合っているという事まで判明した。同じコンパートメント内でデジカメをいじっている東洋人の得意技が、まさか「盗み聞き」であろうことなど、彼らには分かるはずもなかった。しばらくすると、二人はお互い何やらブ厚い本を取り出し読み始めた。さっきまでとは打って変わって静まり返るコンパートメント内・・・。それもそうだ、そこには僕とその老夫婦以外だれもいなかったのだから。大阪生まれの僕には、大嫌いなものが三つある。読売巨人軍(巨人ファン含む)、納豆、そして密室での沈黙である。堪えられなくなった僕が音楽を聴こうとイヤホンを取り出したその時、奥さんがチョコレートを旦那さんに手渡した。「ダンケシェーン」、受け取ると同時に旦那さんは笑顔で奥さんにそう言った。「ビッテシェーン」、すかさず満面の笑みとともにこの言葉を返した奥さん。わずか数秒の間に行われたこの二人のやりとりが、何故だか僕の目には自然ながらもとても輝いて見えた。

大阪に住む僕の両親に置き換えて考えてみたのだが、父と母との会話の中で「ありがとうどういたしまして」というフレーズをあまり聞いたことがない。ドイツに住むようになって、また世界各国を旅してみて感じたことだが、日本人と欧州人とでは感情表現方法に大きな違いがある。欧州人は、感情を表情あるいは言葉に乗せて全て吐き出す。日本人の場合、感情を笑顔に限り表情に現し、その他の表情や言葉は大抵飲み込んでしまう。もちろん、これは一般論だ。個人によって多少の差があることは言うまでもない。どっちが良いのか悪いのか、そんなことをこの場で断言するつもりもない。欧州人は表情と言葉でコミュニケーションをするように幼い頃から教育されているのだろうが、我々日本人はそう習ってはいない。「以心伝心」、「黙して語らず」、「口は災いのもと」・・・そう教育されているのだ。日本では、謙虚であることの方が、言葉よりも良いコミュニケーション法だとされているからである。こういった日本文化は素晴らしいと思っているし、僕は謙虚な日本人が大好きだ。でも、せっかく欧州にいるのだから、ここは一つ欧州文化を吸収してみるのも悪くないだろう・・・最近はこう考えている。

ふと旦那さんと目が合った時、彼は持っていたスナック菓子の袋を僕の方に傾けてくれた。とっさの事だったが、笑顔で「ダンケシェーン」と言うことができた。この一言にこそ、僕が長きに渡って勉強してきたドイツ語の成果の全てが込められていた・・・勝手にそう思った。しかし、あの時の僕の笑顔がやや不自然だったのは、「ブレーツェル(Brezel)」というドイツのお菓子が塩辛すぎたせいだろうか?

コンパートメント

↑良くも悪くも様々な出会いがあるコンパートメント


2005年4月1日の思い出
proudjapanese
スポンサーサイト

コメントする
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
http://proudjapanese.blog53.fc2.com/tb.php/2-3afd3fda
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。