THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (本編)


   
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個人旅行を最大限に楽しむには、「資金」、「情報」、そして「運」が絶対不可欠だ。
この中でも特に重要なものが、情報である事は言うまでもない。
確かに大金さえあれば、世界中どんな国にでも行けるだろうし、夢のような豪華な一時を過ごす事も可能だろう。
しかしそれでは、旅を終えた後に飲む甘いコーヒーの味を心から堪能する事はできない。
苦いコーヒーを甘くするのは達成感であり、それは旅の中で直面する数々の障害を自らの力で乗り越える事によって生まれるからだ。
金に物を言わせるだけの個人旅行、そこには何の意味もない。
それなら初めから、旅行会社を通してツアーに参加すればいいだけの話だ。
次に運だが、これはこれで重要な要素であると思う。
道中での人々との出会い、自然現象、社会現象の移り変わりなどは運によって左右される事が多い。
だが、こればかりはどうにもならないもので、根拠のない強運だけを頼りに旅を進める訳にもいかない。
よって、多くの情報を収集し、それを最大限に生かす事こそが最も大切だと言える。
情報次第では、いくらでも支出を抑える事が出来るし、ある程度運を引き寄せる事も可能だからだ。
個人旅行で最も大切なモノは、情報である。
ヨルダンの首都アンマンにある安宿「クリフ・ホテル」、そこに泊まるまで、そこで一人の従業員と出会うまで、僕はそう思っていた・・・。

アンマン1

↑クリフ・ホテルの入口


「ドウイタシマシテ!」・・・、死海への行き方を教えてもらった僕がアラビア語でありがとうと言うと、彼は笑顔でそう答えた。
クリフ・ホテルで働くサーメルさん(31歳)、丸いメガネと落ち着いた笑顔が印象的な優しいお兄さんだ。
無駄に明るい他のアラブ人とは違い、もの静かでありながら細かい気配りを忘れない彼は、宿泊客が求める事なら何でも快く協力してくれる。
観光名所への交通手段などは、無駄な出費を抑えられるようにと、最も安く効率的な方法を教えてくれ、ツアーへの勧誘などは一切しない。
宿泊客が心から楽しんでくれるように、色々と相談にも応じてくれる。
この宿は、特に施設が充実している訳ではない。
基本的に二人一部屋のドミトリーだし、シャワー室だって意外に狭いし汚い。
料金に関しても、他の安宿より飛び抜けて安い訳ではない。
それでも多くのバック・パッカーがこの「クリフ・ホテル」を訪れるのは、ひとえにサーメルさんの人柄によるものだと言っても過言ではない。

「ドウイタシマシテ!」・・・、他の宿泊客とロビーで談笑していた僕が、ネス・カフェを差し出してくれたサーメルさんに感謝の意を伝えると、彼はいつものように笑ってそう答えた。
安宿のロビーというのは面白いもので、多種多彩なルートを経て辿り着いた様々な国の旅人達が一同に集い、国籍を問わず「旅好き」という共通点だけで何時間も笑いが絶えない。
この夜も、僕等は様々な旅の零れ話に花を咲かせていた。
そして話題が「旅において最も大切なモノ」に移り変わった頃には、仕事が一段落したサーメルさんもその輪に加わっていた。
「マリファナ」や「コンドーム」など、それぞれが好き放題言い合う中、ある韓国人女性がサーメルさんに意見を求めると、「責任」という言葉が返ってきた。
自分の国に胸を張って帰る。それが旅人の最大の責任であり、旅において最も大切なモノだと思います。
彼が実際に語った言葉はこれだけである。
・・・それは僕を含めたその場の日本人にとって、非常に痛く重い一言だった。

2004年10月31日、イラクのバグダッド市内で一人の日本の若者が遺体で発見された。
僕と同年代で、「自分探し」を渡航目的にイラク入国を決意した青年、彼のイラク行きを手配したのは他でもないサーメルさん自身だった。
「自分の無責任な行動が、未来ある青年を死に追いやってしまった。」
現地報道陣の取材に対し、彼はそう語ったという。
イラクの日本人人質殺害事件は、日本国内だけに止まらず、ここアンマンで働く優しい安宿従業員の心にも大きな傷を残した。
当時の情報ノートには、サーメルさんが「戦後は戦時中以上に危険だ!」と最後まで止めた事や、それを聞き入れずイラク行きを強行した青年に関する内容がハッキリと記されていた。
事件後、大勢の(日本の)報道関係者がサーメルさんのもとを訪れ、非道な取材を強要したという事も・・・。
サーメルさんの親切を利用してイラク行きを申し出る(日本人)旅人が、未だに後を断たないという事も・・・。
それでも彼は、今でも訪れる(日本人)旅人を温かく迎え入れてくれている。

2003年5月1日、一人の無責任な日本人ジャーナリストによって、ここヨルダンでの日本人全体の信用が崩れ去った。
アンマンのクイーン・アリア国際空港で起こった爆発事件、その原因はなんと日本人ジャーナリストがイラク戦争取材中に記念品として持ち帰った(クラスター爆弾の)子爆弾だったのだ。
五味宏基という最低邦人の無責任は、空港職員一名の尊い命を奪い、罪のない五名の人々にケガを負わせた。
二年以上が経過した今現在も、多くのヨルダン人の脳内にはこの時の無責任な日本人像が根強く残っている。

自分の意志で海を渡り異国の地を訪れる以上、個人としての責任を背負うだけでは不充分だ。
いくら個人旅行とはいえ、旅先での僕等の行動は、全て「日本人」としての行動と受け取られる。
旅の恥は掻き捨てではない。
現地の人々の心には、日本人が掻いた恥としていつまでも残る。
上記の空港爆発事件が、その代表的な例と言えるだろう。
クリフ・ホテルのロビーでサーメルさんと話した夜は、僕にとって本当に良い勉強になったと同時に、今までの自分の行動を見直す良い機会になった。
僕はこれまでにどれだけ日本人の品格を落としてきたのだろうか・・・。
「今のままでは、とても胸を張って母国に帰る事なんて出来ない。」
僕はそう反省した・・・。
今後、僕は個人としてだけでなく、一人の日本人として責任ある行動をとらなくてはならない・・・、難しい事だが・・・。

個人旅行を最大限に楽しむには、「資金」、「情報」、そして「運」が絶対不可欠だ。
しかしそれ以上に重要なものが、「責任」である事を忘れてはならない。
自分の人生は、自分だけの人生ではない。
旅先での恥ずべき行動は、今まで自分に関わった全ての人々の人生と、母国全体に大きな影響を及ぼす。
よって、胸を張って母国に帰れるよう、しっかりとした責任を持ち、現地の方々への敬意を忘れず、自らを危険にさらす事のない行動を心がける姿勢、それこそが旅において最も大切なモノであると言える。

「ドウイタシマシテ!」・・・、クリフ・ホテルを去る時、最後に感謝の気持ちを告げた僕に対し、サーメルさんは普段通りの笑顔でそう答えた。
いつも旅の全日程を終えた後、僕が決まって達成感に浸りながら口にする甘いコーヒー・・・。
その味は、サーメルさんが宿泊中毎晩淹れてくれたネス・カフェの足元にも及ばない。

アンマン2

↑アンマンの街並み


2005年12月30日~2006年1月2日・8日の思い出
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