THE TREE OF LIFE ~生命の木~

世界日記 (本編)


   
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ワールドカップ・ドイツ大会もいよいよ大詰め、残すところ準決勝と三位決定戦、そして決勝戦のみとなった。そこで今回は、僕が勝手に順位を予想したいと思う。

優勝:ポルトガル
2位:イタリア
3位:ドイツ
4位:フランス

以上だが、これは僕の「予想」と言うより、僕の「希望」に近い。よって最後に、上記タイトルに若干の訂正を加えさせていただきたい。「優勝するのはポルトガル!!」から、「優勝してほしいのはポルトガル!!」に変更する。さて、もう1時半だ。準決勝が始まるまで、少し仮眠でもとろうかな。

proudjapanese

日本代表のワールドカップが終わった先月22日ブラジル戦直後、なぜ中田英寿はセンターサークルに倒れ込んだまま起き上がらなかったのか?仰向けになって空を見ながら、彼は一体何を思っていたのだろう。また、あの時流した涙に込められた意味とは?それらの答えは、昨夜更新された彼の公式ホームページ「nakata.net」を熟読する事で、自ずと導き出された。「現役引退」、これが全ての答えだった。「ドイツ大会が終わったら現役を退こう」と、既に半年ほど前から決意していたと言う彼は、自身のホームページ上で、自らのサッカー人生を次のように振り返っている。

“人生とは旅であり、旅とは人生である”

2006・7・3

~1985年12月1日-2006年6月22日~

俺(おれ)が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

あの頃(ころ)はボールを蹴ることに夢中になり、必死でゴールを決めることだけを目指した。そして、ひたすらゲームを楽しんだ。サッカーボールは常に傍(かたわ)らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。山梨の県選抜から関東選抜、U-15、U-17、ユース、そしてJリーグの一員へ。その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。

五輪代表、日本代表へも招聘(へい)され世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。

サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、“糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。そう思ったからだった。

サッカーは世界で最大のスポーツ。それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為(ため)の責任を負う。時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び、時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛(さいな)まれる。

プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも子供のころに持っていたボールに対する瑞々(みずみず)しい感情は失われていった。

けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後、サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為、ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振る舞った。しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢(あふ)れ出した。

ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ挨拶(あいさつ)をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国のどんなスタジアムにもやってきて声を嗄(か)らし全身全霊で応援してくれたファン--。世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援--。本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と……。

サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術(すべ)を知らなかったこと。それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか……ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmail(メール)をすべて読んで、俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのはとても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”がきっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれどサッカーをやめることは絶対にないだろう。旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりにボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って--。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”

ひで
(以上は公式ホームページ「nakata.net」より引用)

「ジャッキー・チェン!!」、「ブルース・リー!!」、「ナカータ!!」
海外を旅する日本人は、決まって現地の子供達からこういった冷かしの言葉を浴びせられる。中田英寿、言わずと知れた日本サッカー界の英雄である。彼が「NAKATA(ナカータ)」という東洋人の顔として、日本のみならず世界中の子供達から慕われる存在になったのは、世界最高峰リーグ・セリエAでプレーするようになってからの事。彼は世界に、日本人選手の力強さを示した。僕はそんな「NAKATA」がボローニャに在籍していた頃、彼のプレーを観戦しにイタリアへ向かった事がある。華麗なテクニックと言うよりは、むしろ強靭な肉体を武器に戦う選手だった印象が強い。試合中、何度悪質なファールを喰らっても、彼がピッチに倒れ込む事はなかった。どんな屈辱的な敗北を喫しても、涙を見せる事はなかった。そんな彼が、あのブラジル戦終了後だけは、人目もはばからず芝生に身を委ね、そして涙した・・・。今後彼は、世界の「NAKATA」改め、新たな「中田英寿」探しの旅に出る。だから今回は、「お疲れ様でした」の一言を書くつもりはない。ファンとして、新生オシムJAPANに中田英寿の名がないのは非常に残念な事だが、長年日本サッカー界の発展・向上に貢献してきた最大の功労者の意思を尊重し、僕は「中田英寿・第二の旅」の行方をしっかりと見届けたいと思う。
ガンバレ、中田英寿!!

proudjapanese

ついにワールドカップの4強が決定した。ドイツ、イタリア、ポルトガル、フランスの四ヶ国である。欧州勢のみというのが若干残念ではあるが、特に文句はない。いずれも心技体揃った、世界4強に相応しいサッカー大国ばかりだと思う。地元優勝を狙うドイツは大勢のサポーターの後押しを受け、若手選手を中心に勢いをつけてここまで勝ち上がってきた。イタリアは持ち味である鉄壁の守備に磨きをかけ、決定機を逃さないサッカーで四度目の頂点を目指す。唯一優勝経験のないポルトガルだが、一次リーグから全て接戦をものにしてきた粘り強さが勝機を呼び込む。苦しみながらも下馬評を覆し続けたフランスは、王者ブラジルを沈めた事でかつての自信を取り戻した。世界一の栄冠は、この4チームの内いずれかの頭上に輝く。しかし今回、僕は敢えてドイツを去った四ヶ国、「敗れた4強」について記事にしたいと思う。

抑え切れなかった落胆から怒りへの衝動、全てを出し切った後の暴動騒ぎ

準々決勝ドイツ対アルゼンチン、勝ったのはドイツだった。序盤から激しい試合展開だったが、1-1のまま延長戦を経てPK戦に突入。それを制したドイツ代表が準決勝に駒を進めた。これは覆る事のない絶対的な結果である。勝負事の結果を、終わった後でどうこう言うのは美しい事ではない。よって僕は、この件に関しては何も記すつもりはない。取り上げたいのは、その後に起こった出来事についてだ。
決着後、試合に出ていなかったアルゼンチンのDFクフレが、ドイツの選手に蹴りを入れたとして退場処分を受けた。PK戦後に突然起きた乱闘騒ぎ、発端はドイツ4人目のキッカーMFボロウスキが成功した後、アルゼンチン選手に向かって口の前で指を立てて「黙れ!!」のポーズをしたことだという。これに対しボロウスキ本人は、「あれこれ言いたくはないけど、仕掛けてきたのは向こうだ。完全に無実だなんて言わせない。彼らだって聖者というわけじゃないんだ」と反論している。両チームの選手を必死でなだめたドイツのクリンスマン監督は、「PK戦で選手たちが興奮したから起きたことで、誰の責任でもない」と話している。しかし事態を重く見た国際サッカー連盟(FIFA)の調査によって、乱闘騒ぎのビデオ映像内に、ドイツ代表MFトルステン・フリンクスがアルゼンチンのFWフリオ・クルスの顔を殴るシーンが確認された。審判団はこの行為に気付かず、クフレの退場処分だけを報告書に記していたが、今後FIFAによってドイツ側にも何らかの処分が下される可能性がある。
ファンとしては絶対に見たくなかった乱闘騒ぎ、お互い死力を尽くして戦った名勝負の後だっただけに非常に残念だ。しかし、多くの選手が敗北の鬱憤を乱闘という形で発散する中、ただ一人両目に涙を浮かべながらファンに頭を下げる男がいた。アルゼンチン代表のMFリオネル・メッシである。驕りなき、光り輝く彼のプレー、出来ればもっと長く見たかった。しかし、チームの敗北をベンチから見守ったマラドーナの後継者は、きっと次回アフリカの大地でその才能の全てを披露してくれる事だろう。

去り行く孤高の天才、次世代を担う新たな度胸

ウクライナ代表は、シェフチェンコのワンマンチームだった。「そうではない!!」と言う方も非常に多いのだが、僕は良い意味でそうだったと思っている。彼は偉大なサッカー選手だ。世界最高峰リーグセリエAで、二度も得点王の座を射止めた。スピード、テクニック、パワー、どれをとっても一級品のストライカーは、今季限りで慣れ親しんだイタリアに別れを告げ、イングランド・プレミアリーグへ活躍の場を移す事になっている。ほとんどの選手が国内でプレーするウクライナ代表の中にあって、やはりシェフチェンコは別格だったと言えるだろう。そんな彼が率いた初出場のダークホースは、今大会の台風の目として黄色い旋風を巻き起こし、その結果ベスト8まで勝ち進んだ。今回のワールドカップに出場した欧州諸国中、最貧国と思われる彼らは、どんな劣勢でも前を見つめる貪欲さを持ち、必死になって相手に食らい付いてきた。残念ながら準々決勝ではイタリアに完封されたものの、チーム一丸となって前線のシェフチェンコにボールを集め、いくつもの決定的チャンスを作り出しては観客を沸かせた。結局イタリアの青い壁を崩せず、3-0と大敗を喫してしまったが、おそらく彼らに拍手を惜しむ者はいないだろう。
試合終了後のシェフチェンコは、長年ACミランのチームメートとして、あるいは良きライバルとして、共に同じリーグ戦を共有してきたイタリア代表の選手達と笑顔で健闘を称え合った。その姿に、ウクライナ側だけでなく、イタリアのサポーターも大きな歓声をもって彼を送り出したのだった。偉大なる背番号「7」を見つめながら、次世代を担うウクライナの若手選手達もきっと奮起した事だろう。スイスとのPK戦で、フワッとしたボールをド真ん中に蹴り込んだミレフスキー、ふてぶてしい顔をした度胸満点の若きエースが、シェフチェンコの後継者として次回アフリカでもう一つ上を目指す。

ヴィクトリア様、ごめんなさい!!二人目の愚か者と迷監督
ここからは、自分がデビット・ベッカムになった気持ちで読んでいただきたい

ポルトガルの5人目、クリスティアーノ・ロナルドのキックがゴールネットを揺らした瞬間、俺の3度目のワールドカップが終わった。同時に、母国イングランドは16年ぶりの4強入りを逃し、前大会に続きまたも準々決勝で姿を消すハメになった。やっぱりPK戦は俺達にとって鬼門だったみたいだ。悔しいけど、ポルトガルのキーパー「リカルド」はスゲーよ。2年前の欧州選手権の時もアイツにやられたんだ、同じPK戦でな。まぁ、あの時は俺が外しちまったんだけどよ。でも今回一番悔しいのは、俺がPKを蹴る事すら出来なかったって事さ。まさか、チームの敗北をベンチから見守る事になるとはな・・・。
後半開始直後、俺は相手選手と競り合って、右脹脛を痛めちまった。なんとかプレーを続けたが、ボールを蹴るとすぐにバランスを崩すほど状態は悪かった。そして後半7分、結局俺は一回りも年下のレノンと交代してピッチを去る事になった。座り心地の悪い安物のベンチに腰を下ろした瞬間、勝手に涙が溢れてきやがった。クソッ、カッコ悪いぜ!!女性ファンが減っちまうだろ?!泣くな!!泣くな、俺!!何度もそう自分に言い聞かせたが、抑える事は出来なかった。最後まで戦えなかった自分自身への怒りだったんだろうが、男が涙を見せちゃいけねーよな。きっと家に帰ったら、ヴィクトリアの説教が待ってるぜ。
ベンチに退いてから約10分の時間が過ぎた頃、とんでもない悪夢のような光景が俺の視界に広がった。若造ルーニーの野郎がヤラかしたんだ。奴は倒れた相手ディフェンダーのチンポを踏みつけ、それに抗議したクリスティアーノ・ロナウドを突き飛ばして赤札(一発退場)を喰らいやがった。ルーニーの野郎、冗談は不細工な面だけにしといてほしかったぜ。おかげで嫌~な記憶が甦っちまった。俺も昔やってんだよな、一発退場。1998年のフランス大会アルゼンチンとの決勝トーナメント一回戦、あまりに腹が立った結果、報復行為で一発レッドを貰っちゃったのよ。23歳ん時だったかな~、いや~若かったのよ~。あの時は「一人の愚か者がゲームを壊す」とか色々バッシングされたっけな。国に帰るのが怖くて、フランスからアメリカに逃げたくらいさ。いや、ホント今思い出しても寒気がする程のバッシングだったぜ。まぁ、つまりルーニーは俺に次ぐ「二人目の愚か者」って事だな。これから辛いぜ、ガンバレよ!!
今回の試合に負けた事で非難されるのは、ルーニーだけじゃなくもう一人いるんだよな。当然、何度も同じ相手に負けた迷監督「エリクソン」さ。ポルトガルのフェリペ監督には、2004年の欧州選手権で今回と同じPK戦負けを喫してる。更に2002年ワールドカップ日韓大会でも、エリクソンはフェリペ監督が率いたブラジルに敗北した。試合前には、「(ポルトガル戦が)私のラストゲームにはならない!」なんて偉そうな事を言っていただけに、世間の声は厳しくなるぜ、きっと。
まっ、負けは負け。終わった事は忘れて、次(南アフリカ大会)に向けてどう準備するかが重要だ。しかしその前に、今回の責任はしっかり取っておこうと思う。と言う事で、キャプテンを辞任した後、みんなでヴィクトリアに謝ってきま~す!!

世界最強になれなかった世界最強軍団

「この失望感を言葉で表すことはできない。僕らはあらゆる大会で勝ち続けてきた。これほど長い間勝利を味わってきただけに、悲しみは一層深い。僕はブラジルを優勝させたかったのに・・・。」今回は彼のための大会になる、とまで言われたスター選手「ロナウジーニョ」は、静かに自らの心中をそう語った。
「あんなプレーでは勝てっこない。批判は甘んじて受け止めなくては・・・。」そう語ったジュニーニョの言葉通り、フランス戦でのブラジルの動きには、世界王者としての風格はなかった。
「本当に悲しいし、失望している。もっと上まで進むつもりだったが・・・。」ワールドカップの通算得点記録を更新した怪物も、突然訪れたまさかの敗退にはショックを隠し切れなかった。
「史上最高の選手をピッチに残すのは当然のこと。今日の試合でブラジルに訪れた3度チャンスには、全て彼が絡んでいた。」最後まで「太り過ぎ!」と批判されたロナウドの起用に固執したパレイラ監督は、自分の信念を貫いた事をメディアに告げた。
「4年間準備をしてきて、こんな風に去ることになるなんて悔しい。試合中、一度も自分たちのリズムでプレーできなかった・・・。」そう内容の悪さを振り返ったカカだが、「ジダンにとっては最高の試合になったね。本当に素晴らしい選手だ。彼の引退が、フットボール界にとって、大きな損失となることは確かだ。」と、決勝点を演出したフランスの英雄に敬意を表していた。
2006年ワールドカップ、世界最強と呼ばれたカナリア軍団は、自らのポテンシャルを100パーセント引き出せないままドイツを去った。しかし、試合後のピッチには、自らの力不足を悔いた者、悲しみに目を腫らした者、最後まで己の信念を貫いた者、潔く相手に敬意を払った者の姿があった。彼らがスポーツマンとして、世界最強を名乗るに相応しいチームであった事は、言うまでもない。

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我らが日本代表「杉山愛」が、オールイングランド・クラブで行われたウィンブルドン女子シングルス3回戦で、元女王のマルチナ・ヒンギスを接戦の末セットカウント2-1で下し、2年ぶりのベスト16へコマを進めた。「勝った瞬間は夢心地、本当にうれしかった。ウィンブルドンのセンターコートはテニス選手だったら誰もが目指すところ。そこでヒンギスのような偉大な選手に勝てて、これ以上のことはない。」地元ファンのサイン攻めにあった後、和国の女王は笑顔で報道陣にそう語った。サッカー日本代表がドイツを去ってから約一週間、世界の頂点への夢の続きを、今度は彼女が我々に見せる。
ガンバレ、杉山!!

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惜しくも我らが日本代表は一次リーグで姿を消してしまったが、サッカー・ワールドカップ・ドイツ大会は依然大きな盛り上がりを見せている。予選リーグを勝ち上がった16のチームが、それぞれ決勝トーナメント一回戦を行い、その結果ついに世界ベスト8が出揃ったのだ。

不屈のゲルマン魂、立ち直った開催国「ドイツ

圧倒的な破壊力、優勝候補「アルゼンチン

四度目の栄冠を信じて、誇り高き地中海ブルー「イタリア

黄色いダークホース、シェフチェンコ率いる「ウクライナ

勝利の女神はヴィクトリア、サッカーの母国「イングランド

観客を魅了する唯一無二の輝き、南欧の強豪「ポルトガル

大切なのはサンバのリズム、世界一のスター軍団「ブラジル

四年前の屈辱を胸に、燃えるオッサン・パワー「フランス

以上が準々決勝まで勝ち進んだ8ヶ国だ。前回とは違い、コレといって大きな番狂わせもない下馬評通りの展開ではあるが、やはり一流チーム同士のぶつかり合いは、観る者の心を掴んで離さない。
さて、黄金のトロフィーにキスをするのはどの国か?今後もますます目が離せない。

proudjapanese

サッカー王国・ブラジルは本当に強かった。我らが日本代表よりも、ずっとずっと強かった。よって、蒼きサムライ集団は一次リーグで敗退、無念のままドイツを後にする事となった。日本のワールドカップ(ドイツ大会)が終わったのだ・・・。初戦、ラスト9分間でまさかの3失点、オーストラリア相手に痛い黒星。第二戦、決定機を活かせずスコアレス・ドロー、川口の好セーブも実らずクロアチアと勝ち点1を分け合った。そしてブラジルとの一次リーグ最終戦、玉田の左足から繰り出された先制パンチ(キック?)が、世界ヘビー級王者を本気にさせた。眠れる怪物(デブ)「ロナウド」の復活、「ジュニーニョ」による世界最高峰のミドルシュート、「ロナウジーニョ」のマジック・パス、終わってみれば1対4の大敗だった。こうして簡単に振り返ってみると、今大会が日本代表にとっても、日本サッカー界にとっても、日本のサッカーファンにとっても、悔いの残る不本意なワールドカップであった事が理解できる。しかし・・・。

最近ブログ等のメディアを通して、多くのサッカーファンが今回の結果に対する不満の言葉を延々と綴っている。ジーコ采配に関するものや、選手達のメンタルの弱さを指摘するもの、中には代表チームを支えるサポーター達の姿勢にまでケチをつける文章が存在した。気持ちは分からなくもないが、日本のワールドカップはもう既に終わっている。勝負事の結果を、終わった後でどうこう言うのは美しい事ではない。確かに二敗一分けで予選リーグ敗退という残念な成績ではあったが、これは僕達の応援を受けた僕達の日本代表が精一杯戦った結果である。受け止めなくてはならない。まぁ、今大会で露わになった日本サッカーの課題や弱点(選手の能力に関する事や戦術に関する事、メンタル的な事からプロ意識に関わる事まで)は全て、今後新監督を中心とする新生ジャパンが、一つ一つ修正していってくれるだろう。そう、四年後の南アフリカ大会を見据えて・・・。僕は一人のサッカーファンとして、これからもただひたすら彼らを応援するだけで良い。

最後に、照り付ける灼熱の太陽の下、ドイツの大地を必死で駆け抜けた全ての蒼きサムライ達(小笠原以外)に、心から感謝の気持ちを伝えたいと思う。本当にお疲れ様でした、ありがとう。

proudjapanese

僕は今、故郷「大阪」にいる。昨日は、大都会「東京」にいた。五日前は百万ドルの夜景を「香港」で眺めていたし、一週間前の僕は「ボン」でサムライ達にエールを送っていた。住み慣れた「マンハイム」を後にしたのは、確か14日の午後だったはずだ。考えてみれば、あの「カイザースラウテルンの悪夢」も、早十日前の出来事と言う事になる。「お前、オッサンになったなぁ~・・・。」約二年ぶりに愛する弟の顔を見た僕の姉は、第一声にそう呟いた。時の流れと言うのは、実に恐ろしいものだ・・・。

proudjapanese

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